05.

 これまでの経緯を一通り話し終わった後、親子の表情は対照的なものとなった。
 オットーはやや難しい顔をして黙り込んでいる。一方、ディータは俄然やる気が沸いたというように頬を赤らめていた。
「つまりだ。自分の絵で人を殺め続けてる『この世ならざるもの』の目を醒ますような傑作を、ディータに描かせたいってことだな」
 オットーは注意深く確認をした。
「はい。ディータの絵の才能は素晴らしいですし、年齢的にも、幼い頃から天才的と謳われていたカルヴェに通じるところがある。できるとすれば、ディータしかいないと思っています」
 リアンのその返答を聞いて、ディータはますます興奮した。
「やる! 俺やるよ、リアン。すごいの描くよ、絶対に!」
「これディータ、椅子の上に立つな!」
 オットーに拳骨を食らい、ディータはよろめきながら座りなおした。
「……まあ、こいつの絵が人様のお役に立てるってんなら喜んでやらせたい気もするんだがな。しかし相手は『この世ならざるもの』だろう。その上、すでに何人も人を殺してる前科モノときてる。万が一にも、こいつに危害が加えられる可能性があるのなら……」
 人の親としては、当然の心理だろう。
「確かにご心配はごもっともです。これまでの流れから考えて、恐らくディータに危険はないだろうとは思いますが、それも私の推測に過ぎません。絶対に安全だとは胸を張って言えないのが現実ですから」
 だが他に適任者がいない。その思いを込めて、リアンは真っ直ぐオットーを見つめた。
「うーむ……」
「父さん、俺やる。やらせてよ。ねえってば」
「お前なあ、リアンの前でかっこつけたいのは分かるが、もしかしたら絵を描くことでお前も死んじまうかもしれないんだぞ」
「かっこつけたいわけじゃないよ。俺、絵を描くの本当に大好きなんだ。俺の絵が、天才って言われた画家を黙らせることができるかもしれないんだろ。そういう絵、描きたいんだよ。こんな機会ってもう一生巡ってこない、きっと」
「何も『もの』を黙らせなくたっていいだろう。生きてる名画家はたくさんいるんだから、そっちを黙らせる絵を描いてみろよ」
「でも、『もの』は嘘をつかないから」
「……」
 オットーは眉間に深い皺を寄せて黙り込んだ。古の巨人が荒れ狂う怒りを押さえ込んでいるかのようで、誰も口を挟めない。
「……ディータ」
 巨人に名を呼ばれたディータはぴんと背筋を正した。
「は、はい」
「お前、いっちょ前に難しいこと言うようになったんだなあ」
「あ、ありがと」
「父さん、難しすぎてよく分からんわ」
「えー……」
「俺には絵心なんて全然無いし、それに代わる才能も特に無いからなあ」
 だが、とオットーは続けた。
「お前が画家魂をしっかり持ってるってことは分かった。そんなら、しょうがない。全力でやってみろ」
 その言葉に、ディータはぱあっと顔を輝かせた。
「――うん!」
 ほっと息をついたのはリアンとセシルである。ここで断られれば、他に行く当てもなかったのだ。
「ありがとう、ディータ、オットーさん。本当に助かります」
「俺にできることなら何でもするって言ったでしょ?」
 ディータは可愛くウインクして見せた。
「……お前、ほんっとーにただかっこつけたいだけじゃないだろうな」
 オットーの呟きはそっと流され。
「それじゃあ、早速お願いするわね。さっきも説明したように、本当に時間が無いの。多分『もの』はすぐにでも新しい絵を描き始めるわ。これ以上犠牲者を増やさないためにも、その絵が完成してしまう前にディータに作品を仕上げてもらいたいの」
「どのくらいで?」
「おそらくせいぜい一週間」
「分かった」
 ディータはしっかりと頷いた。
「モデルをしてくれる人、すぐに探すわ。見つかり次第この家に呼んじゃっていいかしら」
「え、モデルはリアンで良くない?」
「は!?」
 リアンにしては珍しく、驚愕した表情でディータをまじまじと見つめた。
「だってリアン、可愛いし。大丈夫だよ」
「あ、あのね。話ちゃんと聴いてくれてた?」
「おい、ディータ。君は『もの』が描いた絵の実物を見てないから分からんだろうが、あれが描くのは本当に目も眩むような美女ばかりなんだぞ」
 セシルが真面目な顔で後を引き継いだ。
「あんたね、久しぶりに喋ったと思ったら失礼なこと言って!」
 リアンがセシルの耳を引っ張り抗議するが、セシルもその手を掴んで言い返す。
「何だよ、こんなところで世辞を言ってもしょうがないだろうが」
「二人とも! じゃれ合うのは後にしてくんない」
 ぴたりとリアン達は動きを止め大人しくなった。
「そのカルヴェって人はさ、どんな美人を描いても『その人の美しさ』をちゃんと引き出せないことに悩んでたんじゃないかな。だとしたら、モデルが美人かどうかなんて関係ないんだよ。――あ、リアンが美人じゃないなんて言ってないからね」
 ディータはちゃっかりと断りを入れた。
「それに俺、どんな人がモデルでも、皆に『美女の肖像』だって言わせる絵を描く自信あるよ」
「で、でもね」
「おお、そうだ! 亡くなった妻の衣装に、嫁入りのとき持ってきた晴れ着があったはずだ。あれなら華やかだし絵になるぞ。リアンならサイズもピッタリのはずだ。すぐに持ってくるからな!」
 オットーもすっかり乗り気になったらしく、大きな図体で跳ねるように居間を出て行った。リアンが引き止める暇もあったものではない。
「な、なんだか、とんでもないことになっちゃった」
「ま、お前もたまには自分の身を粉にして貢献してみることだな」
 隣で呑気に茶を飲むセシルを、リアンは鋭く睨みつけたのだった。

 二階のディータの部屋は、「この世ならざるもの」カルヴェのアトリエに引けを取らぬほど、絵の道具で溢れ返っていた。
 年頃の少年らしいというにはいささか玄人染みた散らかりように、初めて部屋に入るセシルなどは感心する様子さえ見せた。
「これなんか、最近のお気に入りなんだ」
 ディータはどこか誇らしげに絵を引っ張り出してきた。老人と子供が昼下がりの軒下で戯れる作品である。柔らかな日差しは、まさに今絵の世界に降り注いで二人を優しく包んでいるいるよう。はしゃぐ子供の様子を見守る老人の笑顔には、皺以上に深い喜びが滲み出ている。写実的ではあるが、同時に描き手の優しい眼差しを感じさせる絵でもあった。
「……すごいな」
 絵を受け取ったセシルは深く息をついた。
「それ、本当に俺が描いたんだぞ」
「ああ、すごいよ」
 セシルの飾らない賛辞を受け、ディータは満足げに頷いた。
「俺は絵のことはよく分からないが、カルヴェの描くものよりずっと好きだな。見ていてほっとする」
「ま、そういう題材だからってのもあるだろうけどね」
 と言いつつ、ディータは嬉しそうだ。
「基礎もしっかりできていて、なおかつ自分の色を持っているなんて、ディータの年齢にはなかなかないことよ。きっとカルヴェ、びっくりしちゃうわね」
 薄桃色のドレスに着替えたリアンは、微笑みながら絵を覗き込んだ。
「それじゃ、早速始めましょうか。よろしくね、ディータ」
「うん。こちらこそよろしく」


 私はずっと夢の狭間を彷徨っていた。
 自分がどこにいるのか分からなかった。どこへ向かっているのかも分からなかった。
 なぜなら、私には絵しかなかったから。
 絵の世界に没頭するほどに、私は現実を失っていった。
 手から零れ落ちていく外の世界。
 残るのは、私、私、私……。私自身。
 私は何を描こうとしているのだろう。私は何を見つめているのだろう。
 目の前にいる娘はなんだ? 彼女は本当に生きているのだろうか。
 息をし、目で何かを捉え、頭で何かを考えているのだろうか。
 分からない。
 私には分からない。
 もうこれ以上失いたくない、夢から目覚めたい。
 だから私はこの絵の世界に現実を抱え込むことにした。
 絵の世界で彼女達は生きている。これが現実。私の現実。
 なのに、何故?
 手を伸ばして触れてみても、彼女達は瞬きすらしない。
 息をしない、目は何も捉えない、頭で何も考えない。
 私の絵の世界にいるのは、生きた死人……、生きた死人……。


 リアンは夕日に染まる街並みを眺め、かすかに目を細めた。
 美しい街、ホーテンダリア。しかし時に、美しさは恐ろしさを伴っている。
 ディータに絵を依頼してから今日で五日目だった。
 この数日間、リアンは毎日ディータの家へ通った。そしてドレスの裾に手を通し、キャンバスの前に佇んだ。モデルとしてリアンを見つめるディータの眼差しは真剣で、いつものように無邪気で子供らしいそれとはまるで違っていた。少年といえど、やはり彼は絵描きなのだ。
 絵は今日で完成を迎える予定だった。
 最終日の今日はディータ一人で絵を仕上げたいというので、リアンは骨董屋で待機となった。絵が仕上がったらディータが直接カルヴェの家へ持っていく手筈になっている。リアンとセシルもそちらへ向かい、宵迎えの鐘が鳴る前にカルヴェの家の前でおち合う予定だ。
 セシルには主に「この世ならざるもの」カルヴェの動きを確認してもらっていた。やはり「もの」は新たな絵を描き始めたようだ。日のあるうちにその絵を燃やしてみたりしたものの、鐘が鳴った後には何事もなかったかのように絵が復活していたという。やはり、元凶を断ち切らねば意味がないのだ。
(だけど、これから何度、同じことを繰り返すのかしら)
 今回の「もの」については、きっと今日で片がつく。だが明日また新しい「もの」が現れ、それが人の命を奪い始めたら。
(私にそれを止められる? 止められるとしても、何人の犠牲を出すことになる?)
 リアンはぼんやりと視線を巡らせながら、栓のないことを考えた。
「リアン、いよいよだな」
 後ろから声を掛けられ振り返ると、いつものように自衛団の制服に身を包んだセシルが近づいてくるのが目に入った。
「そうね」
「ディータの絵はどうだ。『もの』を止められそうか?」
「多分大丈夫だと思うわ。ディータは本当にすごい子よ」
「なら、いいんだが」
 二人は並んで歩き出した。
「最近私達、よく会ってるわよね」
 呟いたリアンに、突然何の話だと言わんばかりの表情でセシルが顔を向ける。
「……ここのところ、『もの』の活動が活発だからな。自然と会う回数も増えるさ」
「因果な関係よね、私達って」
「まあ、そうだな。だが、何でもない日にお前とわざわざ会うっていうのも変な感じがする」
「私もそう思う」
 本当に因果な関係だ、とリアンは苦笑した。
 そうして取りとめもなく話しながら歩くうちに、カルヴェの家が近づいてきた。独特の水の匂いが鼻をつく。
「あら、あれは」
 家の側に人が立っているのが目に入った。家人であるマルゴに、――オットー、ディータ。
「ディータ達の方が早かったか」
 ディータが元気に手を振っている。隣のオットーが布地に包まれた大きなキャンバスを抱えていた。どうやら絵は無事完成したようだ。
「リアン、早く早く!」
「ディータ、それにオットーさん、マルゴさん。遅くなってごめんなさい」
「いや、思ったより俺達が早く来ちまっただけだから」
 巨漢のオットーが両腕で抱えるキャンバスは、改めて間近で見るとかなり大きい。
「これが例の作品なのよね。これがあれば、『もの』は静まる……はず、でしょう?」
 期待に満ちた瞳でマルゴはキャンバスを注視した。布に包まれていて中は見えないが、マルゴにとってはすでに素晴らしい作品として映っているのだろう。
「さあ皆さん、入ってちょうだい。宵迎えの鐘が鳴ったら、また明日まで動けなくなってしまう。『もの』が描き進めている作品も完成に近づいているの。一刻も早く止めないと」
 マルゴに促され、リアン達は頷いた。そう、もう時間がない。

 カルヴェのアトリエは、以前と変わった様子はまるでなかった。
 ――ただ一つを除いては。
 部屋の中央に据えられた一脚のイーゼル。そこに立てかけられたキャンバスには、描きかけの美女の姿が浮かび上がっていた。艶やかな黒髪、涼やかな目元、わずかに開いた小さな唇。ラミエルとはまた別の、この街のどこかにいるであろう麗しい娘。
「上手いが……、やはりどこか恐ろしい」
 セシルの言葉に、ディータも頷いた。
「思わず引きつけられちゃうほど凄い絵だけど、あんまり好きになれないな。この絵の作者もこの絵のモデルも、どんな人なのか全然見えてこない」
「こんなに描き込みの細かい絵なのになあ。何でなんだ?」
 オットーは首をひねって絵を覗き込んだ。
「絵は、鏡とは違うから。――だろ?」
 セシルの視線を受け、リアンはしっかり頷いた。
「そういうこと。それじゃあ早速、ディータが描いてくれた絵を代わりに立てかけましょう。そうすれば今夜、『この世ならざるもの』カルヴェはきっとその絵を見るわ」
 ごくり、とディータの喉が鳴った。
 セシルは一瞬ためらった後、『もの』の絵に手を伸ばし、それをイーゼルから持ち上げる。キャンバスを失ったイーゼルは、それでもまだそこに何かを留めているかのように怪しげな空気をまとっていた。そこへオットーが、運んできた新たなキャンバスを置く。絵を覆う白い布がやけに眩しかった。
「布を外すぞ」

 オットーが改めて絵に手を伸ばす。
 さらり、布が、ドレスの裾のように軽やかに揺れた。
 そして姿を現したのは――。

 白い肌、流れるような亜麻色の髪、華奢な首筋、ふっくらとした胸元、上品で可憐なドレス。
 どれをとっても文句のつけようのない、溜め息の出るような美少女が、そこにいた。
 優しい色彩が、少女自身から溢れ出る温かな魅力をますます際立たせている。

 しかし何よりも印象的なのは、少女がこちらを向いていないということだった。

 誰かに呼ばれたのだろうか、不意に後ろを振り返った姿で少女は描かれている。ほんのり色づいた健康的な頬がかろうじて窺える程度で、その表情までは分からない。そう、誰もが一目で美しいと思ってしまうというのに、本当は、美しい「であろう」ということしか分からないのである。
 一体彼女はどれ程の美少女なのだろう。そう思わずにはいられない。対面する人々の想像をかき立て夢中にさせる力が、この絵にはある。
「……すごい……」
 呟き、それからマルゴは絶句した。他の面々も胸を打たれたように言葉もなく作品に魅入っている。
 場の空気が、完全に変わった。
 暗く重い空気は一掃され、代わりに花畑を吹き抜けるそよ風のような、爽やかで初々しい空気が部屋を包んだ。
「不思議だな、顔が見えないのに――とても綺麗だ」
 セシルが感嘆の溜め息をついた。
「それは、俺がとても綺麗だって思いながら絵を描いたからだよ。その俺の思いがこの絵に反映されてるんだ」
「モデルの顔立ちの美醜なんて、絵画にとっての美しさとは関係がないということね」
 リアンが言葉をかけると、ディータはにっこり笑って頷いた。
「……さあ、カルヴェはこの絵を見てどう思うかしら。全ては明日の朝、はっきりするわ」


 僕は絵を描くことが大好きだ。
 真っ白なキャンバスに、僕だけの世界を創り出す。
 他の誰のものでもない、そう、僕だけの世界。
 歌い出したくなるような明るい風景、そっと目を閉じたくなるような悲しい風景。
 どんな風景だって、キャンバスになら映し出すことができる。
 僕の絵を見る、皆の表情を見るのが好きだ。
 僕の世界を皆に少し、おすそ分け。
 そうしたら皆、そこから新たな自分の世界を創っていく。
 面白いね。世界がどんどん、繋がっていく。
 だから僕は、ずっと絵を描いていこう。
 これからずっと、死ぬまで僕は筆を手放すことはない。
 ああ、いけない。こんなことお父さんに言ったら、また怒られちゃう。


「リアンさん、こんにちは」
「あら、マルゴさん」
 いつものようにソファで本を読んでいたリアンは、思いもかけぬ来客とあって、ページをめくる手を止め腰を上げた。
 骨董屋にやって来たマルゴは、リンゴでいっぱいの篭を両手で抱えている。
「これ、おすそ分けよ」
「そんな、わざわざすみません。重かったでしょう」
「大丈夫。つまらないもので申し訳ないんだけど、この間のお礼も兼ねて」
 篭を置いたマルゴはすっきりとした表情で微笑んだ。
「美味しそうなリンゴですね。そのまま食べてもおいしそうだし、せっかくだからアップルパイでも作ってみようかしら」
「そうしたらセシルさんにもプレゼントしてあげて。彼にもお世話になったから」
「私が手作りのアップルパイなんかプレゼントしたら、あの人気味悪がって口もつけませんよ」
 どうぞ座ってください、とリアンはマルゴに席を勧めた。
「今、お茶入れますね」
「おかまいなく」
 マルゴは来客用のソファに身を沈め、興味深そうに店内を眺めた。
「あの壁の辺りに絵を掛けたら、ちょうどいいんじゃないかしら」
 間もなく紅茶を運んで戻ったリアンは、マルゴの呟きに困ったように小首を傾げる。
「ディータの絵のことですか? あれは、マルゴさんが持っているということで落ち着いたじゃないですか。骨董品の山に埋もれさせちゃ勿体ないし」
「でもあれはあなたの絵なのに。描いたディータも、きっとあなたにプレゼントしたいと思うわ」
「自分を描いた絵なんて、気恥ずかしくって飾れませんよ。ディータには、また別の絵をプレゼントしてもらうことになっているし」
 ――あれから数日。
 平穏な日常が舞い戻り、リアン達はそれぞれいつも通りの毎日を過ごしていた。マルゴだけは「いつも通り」というわけにもいかないようだが、初めて訪れた穏やかな日々をそれなりに楽しんでいるようだ。
「どうです? 最近は」
「ええ、お陰様で落ち着いているわ。でも自分でも少し驚いているの。……父が姿を現さなくなったことに、すこし寂しさを感じてる」
 マルゴは紅茶のカップを弄びながら、自嘲気味な笑みを浮かべた。
「もちろん、ほっとする気持ちの方がずっと大きいのよ。あれはもう父ではなく『この世ならざるもの』だということは嫌というほど思い知らされてきたし。『もの』のせいで命を落とす娘さんが出なくなったことも、本当に良かった」
 あの日、ディータの描いた作品を残し、家を後にして。宵迎えの鐘が鳴った後出現したカルヴェは、絵を前にただひたすら佇んでいた。彼が何を思っていたのか知ることはできない。だが翌日以降、再びカルヴェがあのアトリエに現れることはなかった。
「まあ、すぐに新しい生活にも慣れていくと思う。今回は本当にありがとう」
「いいえ、一番の功労者はやっぱりディータですよ」
「確かにディータにも、どうお礼を言えばいいのか分からないくらいお世話になったわ。……あの子、本当に凄いわね。あの絵を見たときは驚いた。とても十歳やそこらの子が描ける絵とは思えないもの。大家の老成した絵という感じだったわ」
「ええ。こればかりは才能というものなんでしょうか。ああいう子もいるんですね」
「あの子が私の父と同じような道を辿らないことを心から祈っているわ」
「きっと大丈夫です。……そう思って、皆で見守っていきましょう」
 マルゴは頷き、ふと窓の外に目をやった。
「あら、噂をすれば」
 金の髪を揺らして駆けてくる少年が一人。脇には小さな包みを抱えている。
 少年は、迷いもなく骨董屋の扉を開いた。
「――リアン、こんにちは。約束の絵、持ってきたよ!」
 この小さな名画家が、どうか健やかに育ちますよう。