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二つの星、一つの月

12月01日

 石倉のことは、名前を知っている程度で、仲がいいとかそいうことは全くない。

 同じ大学の同じ学科で、時々同じ教室で授業を受けている程度。あれっ、そういえば高校も確か同じだったような。大学の入学式で奴を見かけて、「あの人、同じ高校の……」と思ったこと、二年近く経った今頃思い出したよ。そうかあ、そうだったんだっけなあ。
 ということは、かれこれ五年近い付き合いになるわけか。いや、実際は全く何の付き合いもなかったワケだけど。
 それにしても、奴は影が薄い。この五年で数えるほどしかその存在を認識しなかったんだから、どれほど薄いか分かるってモンだよね。まあ、私とは全然種類の違う人間だから、お互い干渉するきっかけもなく、っていうのも大きかったんだろうけど。
 あっちは真面目を絵に書いたような奴で、なんかこう、「お公家」って感じ?いっつも、大人しい割にはどーんと構えていて、……ん?そしたら影が薄いっていうのとは矛盾しちゃうのか。……うーん、奴はよく分からん。

 この間、ナンパを止めに入った私を止めに入った石倉は、……認めるのは癪だけど、結構頼りになる感じだったな。ああいうのが、大人の対応ってヤツなのかもしれない。考えてみれば、あそこで奴が場を収めてくれなかったら、ホントに警察沙汰になってたかも。そしたら私、「人助けしてました」って胸張っていえるような……構図では、なかったよなぁ、あれは……。
 しっかし石倉は、怖くなかったのかな?どう見たってケンカ強そうな感じじゃないし。むしろ脅されて金とか取られてそうなキャラなのに。あの場でヒラメがターゲットを石倉に変えちゃって、更に私も逆ギレして石倉に突っかかっていっちゃったら、どうするつもりだったんだろ。でも、奴は平然としてたんだよなぁ。それどころか敵であるヒラメに手を差し伸べたりなんかしちゃってさ。女子高生も見知らぬ男に怖い目遭わされたばっかだったのに、あいつのことは信頼してます!って感じだったし。
 うーん、結局石倉と女子高生はどうなったのかなあ。女子高生、絶対ああいうシチュエーションになったら助けてくれた男にときめくよ。かわいい女の子だったけど、意外に石倉系もいけるっぽかったし。奴も、真面目な感じだけど別にそんなヘンな見た目じゃない。
 不思議だな、ずっと前から近くにいて、でも一度も意識したことのなかった人を、今こうして思い浮かべているなんて。

 ――ああ、寒いなあ。

 私は一人、夜道を歩いている。
 今日の夜空もすっきりと晴れ渡っていて、ちらちらと瞬く星も綺麗だ。はっきりとした輪郭の美しい三日月が、高い高い夜空にそうっと浮かんでいる。

 あいつも今、あの三日月を見上げているのだろうか。

・   ・   ・

 長谷川のことは、名前を知っている程度で、別段仲がいいわけでもなかった。

 同じ大学の同じ学科で、時々同じ教室で授業を受けている程度。けれど実は通っていた高校も同じだった。大学の入学式で彼女を見かけて、「あ、同じ大学だったんだ……」と驚いたこと、今でも何となく覚えている。そうだ、そんなこともあったんだよな。
 ということは、かれこれ五年近い付き合いになるわけか。いや、実際は友達とも呼べない付き合いしかなかったのだけど。
 それにしても、彼女は存在感のある人だった。高校ではいつも明るく元気に過ごしていて、人の目を惹きつける何かがあった。なのに、大学に入ってからは数えるほどしかその存在を認識しなかったのだから、僕も大概周りに無関心な奴だなあと自分に呆れてしまう。まあ、僕とは全然タイプの異なる人で、お互い干渉するきっかけもなかったというのが大きかったに違いないけれど。
 彼女は本当に華やかな人で、高校時代も随分たくさんの友人達に囲まれていた。とはいえ、先日コンビニで会ったときのように、あれほど気の強い印象はなかったんだけど。僕が彼女のことをよく知らなかっただけなのだろうか。……どうも、長谷川のことはよく分からない。

 男に絡まれた女の子を助けようと、普通の女性はするものだろうか。もちろん、見て見ぬふりをするよりずっと素晴らしい行動だと思うけれど、同時に少し心配にもなる。あの時は相手の男も手のつけられないほど凶悪ではなかったし、彼女の方が一枚……いや、数枚上手だったから良かったものの、もし初めからナイフでも突きつけてくるような相手だったら、どうなっていただろう。
 長谷川は怖くなかったのだろうか。見た感じはごく普通の若い女性で、体を張った喧嘩などしたこともないように見える。相手構わず立ち向かっていくには随分と危なっかしい。コンビニの店員に助けを求めに行くとか、携帯で警察を呼ぶとか、もっと採るべき道はあったと思う。もしものことを想像すると、僕はぞっとした。
 あの後長谷川は一人で帰ってしまったけれど、大丈夫だっただろうか?僕の長谷川に対する接し方も、随分配慮に欠けていたな。被害に遭った女の子のことばかり気にかけていたけれど、夜道を一人歩く危険は長谷川だって同じだったはずだ。久々に顔を合わせたというのに、最初から最後まで彼女にとっては気のきかない男だった。本当に申し訳ない……。
 不思議だな、ずっと前から近くにいて、でも一度も意識したことのなかった人を、今こうして思い浮かべているなんて。

 ――ああ、寒いなあ。

 僕は一人、夜道を歩いている。
 今日の夜空もすっきりと晴れ渡っていて、ちらちらと瞬く星も綺麗だ。はっきりとした輪郭の美しい三日月が、高い高い夜空にそうっと浮かんでいる。

 彼女も今、あの三日月を見上げているのだろうか。

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