01.

 魔女は、いわゆる魔女だった。
 紛うことなき魔女だった。
 黒いローブに身を包み、釜の中身かき混ぜて、「イッヒッヒッヒ」と卑屈に笑う、そんないわゆる魔女だった。

 住まいは森の洞窟である。
 昼夜を問わず薄暗く、来る者全てを鬱にする。そんな森の、そのまた奥の。忘れらるる洞窟の中。魔女はひっそり、住み着いていた。
 顔には深く刻まれた皺。婆(ばあ)の婆のそのまた婆と、そう評したくなる老体で。
 供とするのは、陰気なカラスが一羽きり。カアとも鳴かず、いつも澄まして羽を繕う。
 部屋に散らばる魔道書は、魔女の知識のほんの一片。
 床に散らばる骸骨は、魔女の過去のほんの過ち。

 魔女は、いわゆる魔女だった。

 さて――そんな魔女には、一つ大きな悩みがあった。
 このいかにも魔女らしい魔女暮らし、それはそれで気に入っている。
 誰に邪魔をされるでもない、一人気ままに過ごす毎日。気まぐれに魔術を編み出してみたり、それをカラスに試してみたり。そして鋭利なくちばしでつつかれてみたり。もう何が何やら自分でも分からなくなった釜の中に、更に適当な物体を放り込んでみたり。眠くなったら 、さっさと寝る。
 人が訪れることも稀にある。わざわざこの陰鬱な森の奥までやってくるのだ、皆決まってのっぴきならない事情を抱えていた。暗く沈んだ森よりさらに沈んだ表情で、「ああして欲しい」「こうして欲しい」と魔女に頼み込んでくる。すると魔女は、気まぐれに彼らの願いを叶えてやった。魔女に善悪の概念はない。気が向けば不治の病を治す薬を作ってやるし、また気が向けば要人を暗殺する毒薬を作ってやった。もちろん、それなりの対価は受け取る。そうでなければつまらない。それに、無料(ただ)で願いを叶える奴が森にいると噂になって、無闇に押しかけられても迷惑である。
 そういう訳だから、人の世とはそれなりの距離を保って過ごすことができていた。しかし――魔女にとっての「それなり」の距離を踏みにじる厄介者が、ただ一人存在した。
 それが、この地方一帯を治める領主の三男坊である。
 彼の名はオーレリーといって、まだ二十にも手が届かない若者だった。一つに束ねたサラサラのブロンドの髪に、女のように白く透き通った肌。そのくせ背はすらりと高く、華奢に見えがちな身体も実はなかなかしっかりしている。口元を綻ばせれば、それだけで何人もの娘がとろけてしまうに違いない――そんな青年が、魔女はこの上なく苦手なのだった。三男の末っ子ということもあろう、彼は往々にして自分勝手でマイペース、そして――人の道を踏み外した魔女から見ても――とことん変人であった。
 魔女の悩みというのは、他ならぬこのオーレリーのことである。誰もが近寄るのを躊躇するこの洞窟に、あろうことか彼は供も付けずにのこのこと頻繁にやってくる。そしてその度に、魔女にとってはこの上なく下らぬ相談を持ちかけてくるのだ。
 それは何ともありがちな、恋のお悩み相談。

 オーレリーが下町に住む花屋の看板娘マーレに恋をしたというのは半年ほど前のことであった。そもそもちょうどその頃、しがない花屋でそれこそ花のように美しい娘が働き出したと噂になったのが、全ての始まりだった。
 それまでもおよそ金持ちの息子らしくなく、悪友の影響で下町に繰り出しては遊びまわるというのが日課になっていたオーレリーは、この噂を耳にするや娘を一目見てみようと色めき立った仲間たちに、何の異もなく従った。人の噂は当てにならぬ、それでも会う者聞く者全てが褒め称える娘の美貌はいかほどか。最初はただの好奇心、娘を見てそれでどうこうしようというつもりは更々なかった。暇を潰せるのなら何でもいいと、思っていたという。
 しかし娘を実際目の当たりにした瞬間、そうした気楽な考えは一気に吹っ飛んだ――いや粉砕してしまった。オーレリーは己の心が激しく揺さぶられるのをしかと感じた。これが「恋に落ちる」瞬間であるとその身をもって強く強く実感したのだ。まさしく世に言う一目惚れというやつである。
 いや、そのような俗な表現では言い表せぬほど激しい衝撃であったとオーレリーは主張する。ここまで聞かされただけで、魔女はそれこそ「うんざり」などという単純な表現では言い表せぬほど呆れ果て疲れ果て「うんざり」し果てていたのだが、彼の話はまだまだ続く。
 オーレリーは早速娘にアプローチを開始した。幸い彼にはどんな娘であろうと手中に落とせる自信も、またそれだけの背景も持ち合わせていた。だから娘と相思相愛の仲になるのは当然のこと、そこまで行き着くのに大した時間もかからぬだろうと、ごくごく自然に考えていた。
 だが、事はそう簡単には運ばなかったのである。
 マーレという娘は、オーレリーの美貌にも、またそこから生み出されるまばゆい微笑にも全く恥じらいを示さなかった。優しい声音で囁かれる甘い甘い言葉にも無関心。それならばと自らの身分を引き合いに出してみても、まるで興味を示さない。彼女にとっては、「愛している」という言葉さえ、「花ください」の一声に劣る雑音でしかないらしかった。
 とはいえ、だからといってオーレリーを嫌っているという様子はない。そもそもそういう問題ですらなく、それ以前に彼に対して特別な感情を一切持ち合わせていないらしい――なんとも悲しいが、そういう結論に達するほか余地はなかった。
 オーレリーが自ら探った限りでは、マーレに恋人がいる様子は見られない。他に想い人がいるという話もまるで聞かない。病に臥せった両親がいて、彼らを養うために身を粉にして働く必要があり、恋愛などに現(うつつ)を抜かしている暇はない――という話も聞いたことがない。彼女に関する情報はほとんど手に入らなかった。とてもとても器量の良い娘さん、飛び回る噂はその一点ばかりで、オーレリーには彼女の気を引く効果的な方法を何一つ思いつくことができなかった。
 こうなれば、後はもうひたすら己が想いをぶつけ続ける以外にどうしようもない。オーレリーは悪友たちと遊び回ることも忘れ、他の娘に水を向けることも忘れ、四六時中マーレの元を訪れるようになった。
 マーレを捕まえ静かな木陰に引き込んでは、彼女に恋焦がれるその想いがいかに真摯なものであるか、どれほど深いものであるかを、切々と訴え続ける。それでも心を揺らさぬ彼女に、オーレリーの限界は近づいた。ちなみに、ここまで聞かされていた魔女の限界ももうすぐそこである。
 さあもうこれは、一体どうすればいいと八方塞りになったオーレリーの頭に浮かんだのが、町外れの森の奥の洞窟に住まう魔女の存在だった――。

 やっと話がそこまで流れ着いた時、魔女はハイハイもう分かったよ、と手をひらひら振った。
 つまりは惚れ薬を作ってくれという話であろう。ここでそれを断って、また何だかんだとオーレリー青年の切ない片恋物語を聞かされてはたまらない。魔女はとにかくさっさと惚れ薬を作って彼を追い出してしまいたかった。
「安心なさいな、今すぐとびきり強力なのを作ってあげるよ。アンタが飽きて捨てたくなっても、一生しがみついて離れなくなるくらい強力なのをね」
 溜息混じりにそう言うと、オーレリーはきょとんとした表情でしばし魔女の皺だらけの顔を見つめた。
「……一体何の話です?」
 訳が分からない、とその美しい顔には書いてある。
「だから、惚れ薬の話だよ。アンタそれを頼みにこんなとこまで来たんだろう」
 魔女も怪訝な表情で一応の確認すると、オーレリーは途端に声を荒げて否定した。
「とんでもない!薬で人の心をどうこうしようだなんて、そんな穢らわしい真似!」
 今度は魔女がきょとんとする番だった。
「……それじゃ、何しにここへ来たんだい」
「ですから、あなたに相談しに来たんじゃないですか。聞けば、森の奥に住まうあなたは百年以上も浮世を見てきた不老不死の賢者だとか。そんなあなたにマーレのことを相談すれば、何かいい助言をいただけるんじゃないかと思って」
「……はああ、助言だあ?」
 側で羽根を繕っていたカラスが、二人をあざ笑うかのように、珍しくも「カア」と鳴いた。

 こういういきさつで、魔女はオーレリーに取り憑かれてしまったのだった。
 まさか彼(か)の「森の魔女」に、恋愛相談を持ちかける人間が存在しようとは。いかな魔女と言えど、もはや呆れや怒りを通り越して驚きを感じずにはいられなかった。そういう相談ならば友人にでもすればいいと投げやりに言ってもみたが、オーレリーは全く引く様子もなく、友人達の手に負える問題ではないとの一点張り。「手に負える問題ではない」ときたものだ。魔女にはああそうですかと答えるほかもうどうしようもなかった。

「一体彼女は、僕の何が気に入らないというのでしょう?」
「きっと背が低くてぶよぶよに太っていて脂ぎった黒髪の醜男が好みなんだろうよ」
 投げやりに答えてやると、オーレリーは真面目な顔で「では今度、僕がそういう男になったら想いを受け入れてくれるか聞いてみます」と帰って行った。またある時は、
「美しいネックレスや髪飾りをプレゼントしても全く受け取ってもらえません。どんなものなら受け取ってもらえるでしょうか?」
「花束なんかいいんじゃないかい? 花を贈られて嬉しくない娘はいないよ」
 ふざけてそう言ってやると、数日後には落胆した表情でやってきて「受け取ってもらえましたが、その五分後に他の客に売り渡されました」と何とも寂しい報告をして行った。またある時は、
「僕と愛について語っているときよりも、花屋の客と花について語っているときの方がずっと熱心なんですがどうすればいいでしょう?」
「アンタも花屋の客になって、花を一万本買ってやれば熱心に相手をしてくれるだろうよ」
 あながち嘘でもない返答をしてやると、またしても数日後に両手いっぱいの花束を抱えて姿を現し、「買ってみましたがまるでダメでした。これはお土産です」と床に散らばる骸骨たちの間にふわりと花を置いていった。
 はてさて、この男を一体どうしたものか。
 娘も娘である。オーレリーは見目もよく、家柄もよく、それになかなかの紳士だ。彼に言い寄られて悪い気のする女などいないだろう。マーレもきっと多少は心を動かしているに違いない。
 しかしそれを微塵も面に出さず、きっぱりと彼の想いをはねつけているという。その点、オーレリーより余程興味深い。身分の違いを気にしているのか、それともオーレリーの少し変、いや相当変な性根を見抜いているのか。いずれにせよ賢い娘だ。オーレリーと結ばれれば、それはそれで幸せな生活を送ることができるだろうが、それを良しとしない自立した娘なのだろう。オーレリーがどれほど切ない想いをしているか、それはもう嫌というほど分かっているので、彼には内緒で勝手に娘に薬を盛ろうかと思わないでもなかった。が、オーレリーとは逆の意味で強い意志を発揮している娘を思うと、なかなか気が進まない。ならばいっそ、娘を嫌いになる薬をオーレリーに盛ってやろうか? そう考えるとやはり彼の真摯な表情が思い起こされて手が止まる。
 はてさて、この男を一体どうしたものか。

 魔女はついに覚悟を決めた。
 こうなればとことん彼の相手をしてやり、たとえその恋が成就しなくても、彼なりに納得できるよう諭してやるのだ。世の中には何を以ってしても思い通りにならない物事もたくさんあるのだということを彼に教えてやる必要がある。オーレリーは悪い人間ではないが、やはり温室育ちのお坊ちゃまなのだ。
「今晩食事に行こうと誘ったのですが、簡単に断られてしまいました。どうすれば一緒に食事に行ってくれるでしょうか?」
 相変わらずな男だ。それにしても、断られたからとてここへ食事に来る道理が魔女にはわからない。今晩は大人しく自宅で豪勢な食事を取って、また明日にでもこちらへ来ればよかろうに。まさかこんな陰鬱な洞窟で、まともな夕食が出てくるなどと思っているわけでもあるまい。だが、嫌味を込めて出してやった薄紫色の怪しげなスープにパサパサのパンを、オーレリーは文句も言わずに平らげた。
 そう、悪い人間ではないのだ。
「アンタねえ、前々から、聞いてりゃ自分の想いを通すための質問ばっかりだ。相手の気持ちってのを微塵も考えようとしないんだね。自分を中心に世界は回ってると思い込んでる典型的な人間、一番反吐(へど)がでるタイプさ」
 魔女はあえて冷たく言い放った。
「『彼女は僕の何が気に入らないのか?』世の中は、マルとバツだけで成り立ってるわけじゃないんだよ。好きでなければ嫌いって道理じゃないんだ。彼女が本当に自分のことをどう思っているのか、考えたことはあるのかい? 『どんなプレゼントなら受け取ってもらえるのか?』アンタ本気で、贈られたネックレスが自分の趣味と合わなかったからつき返してきたなんて思ってるんじゃないだろうね。どうして彼女はプレゼントを受け取らないのか、まずはそれをようく考えてご覧よ。『どうすれば熱心に自分と向き合ってくれるか?』これも馬鹿げた質問だ。“絶対に”彼女がアンタに振り向く保障なんて、どこにもないに決まってる。アンタはまず彼女の気持ちをようくようく考える必要がある。そしてそれが分かったと思ったら、それでも彼女を手に入れたいと思ったら、アンタ自身が変わらないといけないんだよ。でもきっと、毎日のようにこんな森の果てまでノコノコやってきてああだこうだと言ってるうちは、何にも変わらないだろうがね」
「……」
 オーレリーは目から鱗が落ちたというような呆けた顔をした。そしてそれからぎゅっと口を結ぶと黙りこくって手元の皿に目を落とした。魔女の言葉を彼なりに理解しようと、頭の中で咀嚼(そしゃく)しているのかもしれない。
 しばらくしてから、カタンと静かに席を立って、いつも帰り際にはそうするように律儀に一礼をした。
「帰ります。ご馳走様でした……」
 オーレリーに、突き放すような魔女の言葉はショックだっただろう。しかしいい薬だ。今夜はきっとフカフカのベッドの中で、誰よりも自分自身と彼女のことを考えるに違いない。そうして少しずつでも変わっていけば、彼は更に魅力的な人間になるだろうと魔女は思った。

 翌日、オーレリーはまたしても洞窟を訪れた。
 やれやれと出迎えた魔女はその顔をみてぎょっとした。オーレリーは泣いていたのである。
「な、なんだい。どうしたっていうんだい……」
 やや引き気味に、魔女は尋ねた。
「色々と考えてみたんです、マーレのこと。そのうちあなたのことにも考えが流れていきました。こうして毎日のようにこちらを訪れては、あなたには無益な話ばかり持ちかけて貴重な時間を奪っていた。さぞかしご迷惑だったことでしょう。本当に申し訳ない」
 一晩でそこまで考えが及んだか。魔女は思った以上の成果に驚いた。普通の人間ならそんなことは考えるまでもなく承知していることなのだが、まあそこは追及せずにおいてやろう。しかしそれにしても、泣くほどのこととは思えない。
「でも、どうしても僕一人では考えがまとまらないのです。考えれば考える程に、とても苦しくて、誰かに話を聞いてもらわねば息が出来なくなりそうだ。お願いです、僕の話を聞いてください」
 うっ、と魔女は言葉に詰まった。こうも切々と訴えられては流石の魔女も彼を無下に扱うことはできない。案外「泣き落とし」という技でマーレを手に入れることができるのではないかと思ったが、魔女の矜持に賭けてもそれを口にすることはできなかった。
「とにかく入ってかけなさいな。本当に邪魔になったら、四の五の言わせず追い出してるからね。まあ今のところはまだ、あたしにも付き合ってやる暇な時間はあるわけさ」
 オーレリーはこくりと頷き椅子に座った。もうすっかり彼の定位置となってしまった椅子だ。オーレリーは高級な布地で仕立てられた上着の裾で涙を拭って、しかられた子供のように背中を丸めた。
「で? 娘さんのことを色々と考えて、何かわかったことはあったのかい?」
 普段より心もち優しい声で尋ねてやると、オーレリーは小さく横に首を振った。
「……分からないんです。マーレは、今まで会ったどんな女性とも違う。一応僕にも朗らかに接してくれるけれど、恋愛対象としてはまるで眼中にないといった感じなんです。どうしてそうなるのか、それが僕には分からない。マーレは一体何を考えているのでしょうか? しつこい程に愛を告白している人間を相手にすれば、好き嫌いの感情は別としても、どうしたって向こうも恋愛対象として僕を判断するほかないと思うのに」
 意外にもまともな言葉が返ってきた。オーレリーのことだから、また見当違いな考えに没頭しているのではないかと危惧していたのである。
「娘さんは、わざとアンタを恋愛対象として見ないように頑張っているのかもしれないよ」
「何のために? 嫌なら嫌だとはっきり言ってくれれば諦めもつくかもしれないのに」
「アンタの様子を見てると、とても諦めがつくようには見えないけどねぇ……。まあそれはとにかく、例えば、アンタは領主の息子だろう。その息子を振ったとなればどんな報復が待ち構えていることかわからない、娘さんはそう考えているのかもしれない」
「そんな! 権力を傘に彼女を陥れるようなことはしません!」
「でもアンタ、最初のころに自分が領主の息子だとチラつかせて彼女に迫ったんだろう?」
「それはっ、経済的には何の苦労もさせないと言いたかっただけで……でも、……そうですよね……卑怯でした」
 がっくりとオーレリーは肩を落とした。
「僕の身分を使って彼女をどうこうするつもりはないと、説明してきます」
 魔女に向かって一礼をすると、オーレリーはよろよろと洞窟の扉を開いて出て行った。

 その数日後、やはりやってきたオーレリーを見て、何の収穫も得られなかったことを魔女は悟った。
「マーレは身分の問題ではないと言っていました。それに僕を嫌いというわけではない、と言うんです。でも、嫌いじゃないからといって好きでもないことは、あなたのお話のお陰でもう僕にも分かっています」
 しかしこうまでくると、マーレはなかなか残酷な娘だと魔女は思った。身分の問題ではなく、嫌いでもなく、ならば何が駄目だというのだ。オーレリーの真っ直ぐすぎる人間性が生理的に受け付けられないのだろうか? ……それならば分かる気がする。いやいや、目の前で打ちひしがれている生真面目な青年を前にそれはかわいそうだろう。
「少し距離を置いてみたらどうだい? 毎日のように押しかけられて愛だの何だのと、そんな話ばかり浴びせかけられても嬉しくないだろう。古典的なやり方だけどね、押してだめなら引いてみるってやつだ」
「距離を置く……、どれくらいですか」
 そんなもんは自分で考えろ、と言ってやりたかったが、憔悴しきったその横顔を見ていると自然と言葉は引っ込んだ。
「……さて、二週間かそこいらかね。あんまり長すぎると忘れ去られるかもしれないし。その間は、ここへ来るのもよして恋愛沙汰とは無縁の生活を送ってご覧よ。案外すっきりできて気も晴れるかもしれないよ。気分転換はどんなときでも必要さ」
「二週間!」
 オーレリーは何かおぞましい単語を聞いたかのように身体を震わせた。
「その間、ここにも相談に来てはいけないのですか」
「だから、この件はすっぱり忘れて気分を変えろって言ってるじゃないか」
「……分かりました。少しマーレやあなたとは距離を置いてみます」